・ミッテツヴァイト創世の神話・
まず始めにあったのは、混沌たる茫漠のみであると云う。
いつしか、そこに神がおられた。
今日では始まりの神と呼ばれる至高の存在であらせられる其は、在るがゆえに名をお持ちのはずではあったが、
あまりに偉大であり深遠であるがゆえに我らには計れず、ゆえに我らは神とお呼びするのみである。
まず神は目をお開きになり、ついでお閉じになった。目を開かれたがゆえに光が生まれ、閉じられたが故に闇が生まれた。
次いで神は四方をお歩きになられ、そしてまた戻られた。四方を歩かれたがゆえに空が生まれ、戻られたがゆえに時が生じた。
次いで神は仰ぎ見られ、次いで足を踏みしめられた。仰ぎ見られたところは天となり、踏み固められたところは地となった。
次いで神は息吹かれた。風が生じ、それゆえに寒暖の別が生じ、寒は氷となり、暖は炎の姿を取った。
次いで神は自らの血を流された。血は天地に満ちて命となり、とどまるものは草木に、動くものは諸々の獣や鳥や虫となった。
次いで神は命に呼びかけられた。命はそれに答えて魂となり、諸々の言葉ある者たちが生まれた。
かくして、この世界は創造されたのである。
さて神は世界を眺められ、此を律するものを置こうとお考えになられた。
世界はいまだに茫漠であった頃を忘れず、事あらばまた混沌となる故であった。
神は諸々の魂の中から最も強く純粋な四つの魂を選ばれ、自らの血肉を分けた肉体を授けられ、
そして御名と共に、世界を律するべき力――『属性』をお与えになられた。
れいき
最も慈悲深き魂には、遍く世界を照らす『黎輝』。
ぐれん
最も力強き魂には、不浄を焼き尽くす『紅蓮』。
そうぼう
最も思索深き魂には、静かなる安寧をもたらす『蒼茫』。
しゅんこう
最も調和を重んぜし魂には、彼方へ伝わり行く『峻光』。
ここに生まれられた方々こそ、今日において我々が崇める『四大神』であり、
それと共にこの世界を構成し出したのが、この四つの『属性』である。
四大神と、それに次いで生み出された数多の従たる神々は、己に与えられた徳目と権能に従い、
世界をより相応しい形に整えられ、かくして世界は今と似たものとなった。
しかして四大神より古き魂の中には、彼らの定めた条理の外にあることをよしとする魂もあった。
始まりの神は彼らの存在もまた良しとされ、四大神とも等しきものとして世界におかれた。
此が後、今日において『龍』と呼ばれるものである。
龍たちはおおむね世界の中にあって自らに相応しいところにあり、為すべきことを為した。
しかしてそれでは足らぬと思う龍もあった。
彼――あるいは彼ら――は語らい、神と等しきほどの力を持つ者を地の底深き深淵より呼び寄せた。
それはひとえに、神の徳目より力があると思うゆえであった。
ヴァイラス
――しかし、其は邪悪なる力を持つ者。今日においては侵魔と呼ばれる悪しき者どもであった。
かの者どもは神の定めた世界を良しとせず、悪徳を撒いた。神にも等しきほどの力があったゆえ、悪徳は天地の間に広がった。
あらゆるものは徳目とともに悪徳の顔を持つようになった。慈愛は腐敗となり、勇敢は傲慢となり、探求は放埓となり、思索は妄執となった。
光に目が眩み、
闇に怯え、
空には孤独が満ち、
時の末には朽ち果て、
天は災いを降らせ、
地には腐毒が生まれ、
風は病を運び、
氷ゆえに凍え、
火のゆえに焼け焦げ、
命は死を避け得ず、
我欲ゆえに欺き欺かれ、
喰らっては喰われる罪業から逃れられなくなった。
魂は諸々の虚飾と罪業に満ち、徳目はしばしば悪徳の誘惑の前に負けることとなった。
――世界が腐り落ちるよりも早く、邪悪なる者、伐するべし。
神々の間で上がった声はいつしか大きな流れとなり、やがて侵魔との永劫にも等しきほど長い戦いが幕を開ける事となる。
この深淵との戦いの折り、神々の列席に数多の英雄たちが名を連ね、そして戦い、散っていった。
そして数え切れぬほどの時を経た永き戦いは、侵魔たちの王が深淵へと帰された事で決着したという。
しかし、戦いが終わってみれば、この大地は腐敗と悪徳に満ちた焦土と化していたのである。
無論、始まりの神は世界を灰燼と帰され、再び茫漠の中から世界を定められることも可能であられた。
しかして神はそれを良しとされなかった。世界は悪徳に満ちたとはいえ、そこに住まう魂の尊さと痛みを思えばこそである。
神は世界にありし魂をもって悪徳に打ち勝たしめるため、また血を流され、呼び声をもって名をつけ、従たる神々に命じられて形を整えられた。
其は人の手に振るわれしものと定められた。
其は腐毒を焼く炎の激情であり、
其は凍えを遠ざける大地の温もりであり、
其は病を癒す水の清浄であり、
其は災いを鎮める風の優しさであり、
其は全てを照らす光の聖なるかな。
其は剣の形を取らば千里先の邪悪をも断ち、
其は盾の形を取らば悉くの暴威を弾き返し、
其は杯の形を取らば白湯を万能の秘薬とし、
其は書の形を取らば無限の智慧を授け給う。
ディヴァインクラフト
神から授けられしこの秘宝――今日においては『聖 遺 物』と呼ばれる神器をもって邪悪を祓う事、
そして我らの中の悪徳と戦い、善を成す事こそが神意の代行であり、
このミッテツヴァイトの地において、我らヒトが生きてゆくため避けられぬ試練なのである。
(フォルテニア聖王国 大聖堂会 聖典写本序文より)
・上古時代・
――神々と深淵の者どもとの戦いが終結し、焦土と化した世界にても人々は強く生きていた。
かつての戦いによって多くの生命が滅び、この時代を生きていた種族たちが
今日のミッテツヴァイトに生きている「言葉ある種族」の祖であったと言われている。
すなわち――
始まりの神の呼び声に森の木々が応えて生まれた、知的にして優雅なる"森霊族"。
始まりの神の呼び声に山の岩々が応えて生まれた、頑強にして器用なる"岩靭族"。
始まりの神の呼び声に原の草々が応えて生まれた、軽捷にして快活なる"仙獣族"。
そしてこの三つのが響きあう山彦から生まれた、何者でもないが故に無現の可能性を持つ"人間族"である。
かの時代、大陸はひとつの王国によって治められていた。
今日においては旧ペルマナント文明、あるいは上古時代と呼ばれる文明である。
かの時代の文化や生活様式は、当時の遺跡から断片的に読み取れるのみであるが、知られている限りでも
当時の錬金術は、現在ミッテツヴァイトに広く普及しているそれを遥かに凌ぐものであったと言われている。
現に、遺跡か稀に発掘される魔導機器は、現代ではとても製造できないほど難解な技術が使用されている物が少なくない。
つまり、この時代は高度な魔導機器に頼った文明社会であったと推察される。
現代では魔術・錬金術の常識とされている、四属性のマナとその活性化についての理論は
この時代、既に完成されていたと見るのが妥当であろう。
我々が今日において使うそれらの術も、この時代に基礎が構築されたものなのだ。
かの時代にも侵魔は存在していたはずではあるが、その恐ろしさを伝える記録がほとんど残っていないのは
聖遺物を使いこなす勇者が少なからずいた事のみならず、優れた文明に守られていた事も関係深いと推察される。
では、それほどの技術を持った文明がなぜ滅んでしまったのであろうか?
遺跡に残る断片的な記録を繋ぎ合わせれば、それは「豊かすぎたゆえ」と言われている。
かの時代は文明が、そして錬金術が支配する潤沢と飽和の時代であった。
何も努力せずとも望むものは手に入り、何も苦心せずとも人々は生きていく事ができた。
傷つく事がないゆえに人は慈愛を忘れ去り。
恐れる敵がいないゆえに人は勇気を忘れ去り。
考える必要がないゆえに人は思索を忘れ去り。
一人で生きていけるゆえに人は対話を忘れ去り。
それは、かつて深淵から現れし者どもの撒いた邪悪の種がそうせしめたのやもしれぬが、
人々の心は腐敗し、潤沢なれど不毛なる時代が訪れたと伝えられている。
――かの時代に終焉を告げたのは、一振りの剣。
紅蓮の神々の手になる至高の聖遺物、聖剣ドゥームトレイガーであったと言われる。
誰が振るったのかも知られず。
なにゆえに振るったのやも知られず。
聖剣は何かを斬り、斬られた者は滅んだ。
斬られた者が、自身と縁があると認識していた者へと滅びが伝播した。
伝播して滅ぼされた者が縁があると認識していた者へ、さらに滅びは伝播した。
かくして、世界の全ては滅んだ。
ただ聖剣の一振りが――かの時代の人の手には余る力が、世界を滅ぼしたのであった。
かくして栄華を極めた旧ペルマナント文明時代は終焉を告げる事となる。
かの時代に生み出された技術の多くは地に埋もれ、今ではごくわずかに各地の遺跡から見つかるのみである。
(メギスタン王国 奥義者の学院 錬金術史論序文より)
・そして、新たなる時代・
さて二度の滅びを経たミッテツヴァイト――
神々の創造した全ては、神々によってもたらされた一振りの剣にて終焉を告げたかに見えた。
しかし、命だけは未だ絶えてはいなかった。
森霊族、岩靭族、仙獣族、そして人間族。
始まりの神によって呼び覚まされた言葉ある種族は、栄華を極めた魔導機器文明が滅びた後も命を繋ぎ、
徐々にではあるが確実に、このミッテツヴァイトの大地に再び満ち始めていたのである。
ゆっくりと――ゆっくりと長い時間をかけ。
かつてこの世界を席巻した錬金術が、過去の物として風化するほどの時を経て。
さりながら神々の中には、人々から智慧と言葉を奪うべきとする声もあらん。
邪悪なる意思に打ち勝たせんがために聖遺物を与えた者たちが、あろう事か自らの業によって滅びを迎え、
さらに言うなれば直接滅びの引き金となったのは、邪悪を討つべき聖遺物であったのだ。
言葉ある種族はもはや取り返しのつかぬ邪悪に染まった存在である。そう考える神がいたのも、むべなるかな。
しかし始まりの神はお優しい。この期に及んでも、我らを見捨てる事には首肯なされず。
かと言えど、同じ愚を繰り返させるほどには始まりの神も寛容にあらず。
考えに窮した始まりの神の元を訪れたのは、かの時、もっとも力ある『龍』であった。
龍は告げた。
「此度の滅びは、ひとえに我ら龍の不心得なる同胞が招いた邪悪なる者どもの仕業である。
かくなる上は、我ら龍の眷属たるヒトを作り出し、汝の生み出したるヒトを守護する鱗と成そう」
――かくて生まれたるは龍鱗族。寄る辺を持たぬ、聡明にして荒々しき龍の力を持ったヒトである。
始まりの神は答えた。
「汝の申し出は痛み入る。が、邪悪は既にヒトの心にも住まうもの。
ヒトが滅ぶべき時、それはヒト自らがその道を歩み出した時やも知れぬ。
ゆえに、我は監視者を遣わそう。ヒトの身においてヒトの世を見守り、滅びの道を歩ませぬ使者を」
――かくて生まれたるは不死なるヒト。いずこかで今もヒトの世を見守っているという。
――そして幾星霜。
かつての神々との戦いの傷も癒え、深淵の邪悪なる者が再び世に溢れ出す。
ひとりの偉大なる魔術師がいた。
かの者、魔導の奥義を極め、賢者の王国を創りたもう。
ひとりの剛毅なる勇者がいた。
かの者、紅の剣を振るい、戦士の王国を創りたもう。
ひとりの敬虔なる女王がいた。
かの者、慈愛と祈りをもって、聖の王国を創りたもう。
ひとりの聡明なる英雄がいた。
かの者、幾多の武人を率い、城の王国を創りたもう。
ひとりの不死なる賢者がいた。
かの者、古代の叡智を集め、神秘の王国を創りたもう。
神々に庇護されるだけの無力を脱したヒトは、聖遺物をその手に、環を成し国を成し、戦い、生きている――
(ある吟遊詩人の詩)